鎌田信号機 Web Magazine
わが胸の夕日は沈まず

  第三話 2/3
第二章 外地編
忍の一字に勝つ

いよいよ出発命令が下り、米潜水艦が待ち受けている魔のバシー海峡に突入する運命の時がやってきた。

その頃、船内の誰からともなく噂が伝わり、現在洋上の戦況が悪く輸送船の60〜70パーセントは必ず米潜魚雷の餌食になっているという。

噂が広がり将兵も目的地への道半ばにして海中に没するというのである。

嘘か誠か、そのような流言飛語が著しく、毎時が緊張と不安の連続だった。時々わが護衛艦から発射する爆雷の音に、

「ああ、やられた!やられた!」

と心の絶叫。動揺する自分自身との戦いでもあった。わが輸送船団はいわば、

「まないたの上の鯛」

ようなものだった。一刻一刻が恐怖の中にあり、まだ洋上にありながら戦場での実感そのものであった。

ベルギー丸は南支那海の荒海を乗り越えて行く。波が高いとスクリューが水面に出て大きな音をたてて空回りするのが聞こえる。

その荒海は

「鳥も通わぬ玄界灘」

を思わせた。

自分は幼少時代より車、船にはまったく弱く、長時間乗ることは苦痛であったので、その時船倉で筵を敷いた上に数十名の兵隊たちとともに寝転がって、立ち上がることもできずにいた。

自分はこの時初めて血を吐くという苦しい体験をした。そのため航海中はやむを得ず絶食したのだった。

元気な将兵たちは、両サイド垂直に下がって大揺れに揺れている縄梯子で、ほとんどの者が看板へ這い上がって行く。その方がいざ

「飛び込め!」

の命令の時に敏速な行動がとれるから、僅かでも安心感を持てるのだろう。
死にたくない気持ちのなせる業である。

この物語は鎌田信号機株式会社 創業者 故 鎌田大吉が平成7年に自費出版した戦争体験記「わが胸の夕日は沈まず」に基づいて掲載させていただきました。執筆については、当時の記憶や戦場での個人的体験を基に行いましたが、誤報の可能性や失礼な表現がある場合がございます。戦争中という特殊な状況下であった事につきご寛容いただきますようお願い申し上げます
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