鎌田信号機 Web Magazine
わが胸の夕日は沈まず

  第七話 2/2
第三章 決死編

まだまだ続く重要な?任務

飯上げのときは、自分たち初年兵当番五名のグループが、大八車にロープをつけてかけっこをして行く。他の中隊に遅れをとると配給が減るうえに中味が悪くなる。したがって機敏にやらないと、またまた意地の悪い古兵からの「ビンタ」が待っている。

特に飯の盛り方、汁の入れ方、配膳の仕方などで大変気を遣った。「食い物の恨み」はまた格別かもしれない。当時ロスパニオスの糧秣は粗悪で僅少であった。特に現地米は米とはただの名のみで、バラバラでなんの味気もなく、汁も味噌汁とのことであるがその匂いがしない。漬物はパパイヤの塩漬であった。誰ともなく「腹がへっては戦ができぬ」と呟いているのが耳に入る。

自分たちが3号甲無線機を操作して、暗号で「打電」「受電」していると、米軍の情報機関が日本軍の各地の戦況悪化をさかんにPRしてくる。それを聞いて自分は誠に憂慮にたええない次第であった。

ロスパにてある日の出来事『班長殿の虎の子の酒を撒く』

自分は毎日早朝より班長室を清掃することが任務であった。まずバケツに水を汲んで来ては机を拭き、部屋の隅々の整理整頓を行う。班長室のスローガンは「清潔」「整頓」「時間厳守」の3項目であった。

ある日の朝、班長殿の水筒の中身を確認せずに、水筒の中のヤシ酒をお茶と思い、全部室内に撒いてしまった。毎朝水を汲んで来ては掃除をするのが日課であったが、その日は「ずぼら」をしようとやってしまったのである。

その夜、消灯後において、初年兵たちに非常呼集があった。数名の初年兵がさっそくに番号をとなえて整列する。

各班長、六名であったかと思うが、みんな非常に立腹した表情であった。その内の一人の班長殿が、

「おれたちの水筒の酒を盗み飲みした兵隊がおる。速やかに答えよ」

と詰問された。自分は挙手して、

「今朝の掃除の折、お茶の残りと勘違いして室内にばらまきました」

と答えた。するとその班長殿は

「鎌田、酒の匂いがしなかったか」

とさらに厳しくきいてくる。

「ハイ、自分はまったく酒を飲まないから、匂いは感じませんでした」

と答えた。今ならすぐ気がついただろうが、そのころの自分は酒が班長殿の水筒にあるとはつゆ知らず、捨ててしまったのだ。班長殿は、

「鎌田は酒は飲まないのだなー」

と念を押すように言った。

「ハイ、自分は一滴も飲みません」

と答えた。

「よしわかった」

班長殿はその後、毎日の楽しみだった晩酌が出来なくなったようであった。

この時、自分は正直に答えたので了解された。一時はどうなることかと初年兵たちは心配していたようだった。もし自分が少しでも酒が好きであれば、捨てたと言っても信用してもらえないのが軍隊生活である。白のものでも黒で通すようなわからずやの上官が沢山いたのであった。初年兵たちは必ず「ビンタ」を取られるものと覚悟していたが、まあまあよかった、と胸をなでおろした。しかし自分はその晩、寝つきが悪く、結局一睡もできなかった。

戦後半世紀たち、最近の戦友会の酒の場面でこのことが笑い話になっている。

第七話終わり

この物語は鎌田信号機株式会社 創業者 故 鎌田大吉が平成7年に自費出版した戦争体験記「わが胸の夕日は沈まず」に基づいて掲載させていただきました。執筆については、当時の記憶や戦場での個人的体験を基に行いましたが、誤報の可能性や失礼な表現がある場合がございます。戦争中という特殊な状況下であった事につきご寛容いただきますようお願い申し上げます
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