鎌田信号機 Web Magazine
わが胸の夕日は沈まず

  第十一話 2/2
第三章 決死編

行軍途中谷底の水を求めて

人間は生きるためにまず水が絶対必要である。そのために、一滴の水を求めて生死の境を一歩一歩前進するのであった。

兵隊たちが水があるらしい谷底に降りていったとき、幽霊でも出てくるような不気味な感じがした。「身の毛もよだつ」という恐怖の実感があった。闇の中に、何だかわからない白い物体がほのかに見えていた。


その谷の水は溜まり水のせいか異様な臭いがしたが、

「どうせ下痢は治らないのだから」

と、自分もその場で少し水を呑み、疲れはてた五体を横たえて谷底で寝てしまった。

朝になって見ると、なんと、自分の寝ていたその同じ場所に、数体の白骨体があった。おそらく末期の水を求めて谷底まで四つ這いになって来た者たちであったろう。

このようにして、部隊は露営野宿の闇夜の行軍を重ねていった。まさに死線をさまよう生ける屍であった。

「自分は、今日、まあまあよう生きていたなあ」

と奇跡の生還ができた運命強さを、いまさらに信じられない思いで回顧せざるを得ない。

星の光を求めて幾百里

疲れはてた将兵は歩くことが出来ない。乗る車もまったくない。将官の愛馬もとっくに馬肉となった。歩ける者のみ、とりあえず一日の命が保たれるが、明日の命は誰も知るよしもない。ただただ、気力気力の魂の戦いであった。

もはや歩行が不可能になると、護身用の手榴弾で自決する将兵もいて、次々とその炸裂音がこだまする。その響きは、故郷に残した父母や兄弟、妻子たちに、

「俺は立派に戦場で死んだのだ。聞け聞け・・・・・」

と、叫ぶかのように聞こえるのである。

自分もいつそのようにして死ぬかもしれん。だが、肌身離さず千人針の腹巻と妻子の写真を持っており、それが、死を考えるたびに、生への愛着を強くよみがえらせる、そのことのくりかえしだった。

毎日毎日、行軍途中でバタバタと落後者が出る。そのたびに、

「戦友をなんとか助けてやることができないのか」

と、断腸の思いがする。だが、幸運にも埋葬された兵士すら、数えるほどしかいない状況だった。道端に倒れた兵隊には、

「戦友よ、比島の山野で安らかに眠ってくれよ」

と後ろ髪を引かれる思いで別れるよりほか、しかたがなかった。

第十一話終わり

この物語は鎌田信号機株式会社 創業者 故 鎌田大吉が平成7年に自費出版した戦争体験記「わが胸の夕日は沈まず」に基づいて掲載させていただきました。執筆については、当時の記憶や戦場での個人的体験を基に行いましたが、誤報の可能性や失礼な表現がある場合がございます。戦争中という特殊な状況下であった事につきご寛容いただきますようお願い申し上げます
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